2025年9月23日火曜日

2025/09/23(火・祝)再開打ち合わせ

2025/09/23 15:00~17:00

場所:情報館

参加者 4名(Ab、Ka、Mu、yamasanae)

  • Abさんのレジュメに従って
  • これまでの取り組み
  • やってみたいこと、やり残し
  • 「続聞き書き」在庫がそろそろなくなる。

◯地元の聞き取り 貴重だし、やってみたい人もいる。生々しい話もあるが・・
◯聞き取りデータの整理
◯五斗蒔の記事のデジタル化、書籍化
  • とりあえず、邦一さんの「古老が語る宍塚の歴史」など
◯現地を訪ねる機会を増やす(地主の了解がいったり、負担が多くなる)
◯古墳の写真など、現地で再現できたら(QRコード読み取り?)
◯大池ドライブ内のデータ確認
◯続聞き書きなどの需要は?国会図書館で五斗蒔、聞き書きなどデジタルデータ化されている?
◯若い人募集

終了後
・大池ドライブには、歴史部会のかなりのデータが保存されている。
・「古老が語る宍塚の歴史」は、全文ワードに変換されていた。
yamasanae

 9/21に田んぼさわやか隊が整備した土水路にいたメダカ(ミナミメダカ)


2014年1月4日土曜日

歴史マップ完成

「里山の歴史を訪ねる散歩道一土浦市宍塚」ができました。


 宍塚の里山はテレビ放映もされ、自然環境の面から知る人が増えてきましたが、歴史的価値を知る人はまだ少ない現状があります。

 また、若い世代の中には、電気器具、ガスや水道などのない暮らしを想像できず、たとえば里山の木がどのように役立っていたのか全く想像できない人たちがいることに気づかされました。

 そこで歴史部会では地図中心の歴史ガイドを作りたいと考え、さらに地元の方々や史跡のある場所の地主さんを訪問してお話を伺ったり、専門家の先生と集落を歩いて、民家のこと、樹木のことを教えていただいたりしながら、文献資料の収集なども進めました。その中で1960年代に宍塚で多くの写真を撮られた方にお会いすることができ、そのご協力を得られたことは幸いでし た。そしてこのたび「エコーいばらき」の助成金をいただき、無料で配布できるリーフレットにその成果をまとめることができました。

 詳しくは、里山の歴史を訪ねる散歩道のページ




2013年7月15日月曜日

7月15日まで

〇7/15(月)9:30~部会(A、O、U、Ta、Sa、Tsu)

  • 了解を得る事項などを整理
  • 次回7/26(月)19:00~

〇6/22,23,29 7:30~ 現地踏査 

  • ルヘー稲荷、安産不動尊、家並み、古墳など
  • 重左エ門稲荷、栗崎遺跡など
  • デキモノ山の阿弥陀様、家並み、鹿島神社、般若寺など

〇6/15(土)14:00~部会
  • コースの検討
〇5/18(土)14:00~部会
  • 歴史年表の検討など
〇4/27(土)14:00~部会
  • 歴史マップイメージ
〇3/16(土)14:00~部会
  • 項目のしぼり
  • 今後のスケジュールなど(8月末までに原案、年末までに成果物)

2013年2月3日日曜日

2013.02.03「宍塚の村の姿」の観察会

 月例テーマ観察会の2月のテーマは「宍塚の村の姿」でした。歴史部会としても、興味津々で、参加しました。

by yamasanae

2012年11月11日日曜日

2012年の活動

2012年は、具体的な事項について、検討を開始

  • 4月21日 上高津貝塚ふるさと歴史の広場「貝塚の貝から分かる縄文時代の環境」の講演を聴講、部会では、分担など
  • 4月28日 上高津貝塚ふるさと歴史の広場「海と河と縄文人ー霞ヶ浦の古墳環境と遺跡」の講座を聴講
  • 9月29日 部会 土浦市史資料など。当日、Sa.kuさんから聞き取り(建物について、祠について、上郷池など)
竹林の中の祠
  • 10月7日 谷本丈夫先生(宇都宮大名誉教授)を講師に、屋敷林などについて学習会(いぐね(生垣)、屋敷や門に使われている木、植えられている木など)

  • 10月16日 安藤邦廣先生(筑波大教授)を講師に、宍塚の古民家について学習会(屋敷、門構え、倉、般若寺など)
長屋門
  • 11月11日 般若寺の本堂となった建物のルーツを調べて、かすみがうら市下佐谷へ、かつての持ち主だったと伝承される義人助六(福田与惣左衛門助六)の子孫の方ところにいってきました。


助六の首塚

助六の首塚
 2012.11.11(日)、般若寺の本堂となっている建物の持ち主だったという福田与惣左衛門助六の首塚を見に行ってきました。

 伝承では、宍塚の佐野某の妻は、飯田の出で、助六の妻の妹であった。その縁で、一揆の首謀者として助六が処罰され、福田家が法に従って欠所と成って、家屋は新築して僅か三年で解体となったとき、この解体した家屋を買い受け、施主と成って般若寺を再建した、とされています。(故佐野邦一さんの「古老が語る宍塚の歴史」)

 また、10月16日の宍塚の古民家についての学習会で、講師の安藤邦廣先生(筑波大)のお話しでは、移築されたといわれる般若寺の本堂は、書院造で、その構造や欄間などの様子から、寺院として建てられたものではなく、柱の太さから見ると、相当の豪農の家だったと思われるとのことでした。
 これらの話を確認するのが目的です。

 場所は、かすみがうら市下佐谷で、現在、ご子孫の方は、果樹園を営んでいらっしゃいました。伝承資料などをお渡ししてお話を伺いました。
前にある丸い石が首塚

 故佐野邦一さんの「古老が語る宍塚の歴史」では、当時の当主の妻の姉であったとされる助六の母については、伝承のとおり、飯田の酒井某の娘とされており、法名もあっていました。

ご子孫の福田さんに、当時の建物について移築したとの話が伝わってないか伺ったのですが、記録は残っていないようです。
 また、現在のお宅も見せていただきましたが、江戸末に建て替えているそうです。門の方は、数百年経っているそうで、その当時の門なのかもしれません。
いずれにしても、家が移築されたことは確認はできませんでしたが、伝承については、一定の裏付けがあったことになります。
※ 写真は、福田家の方にお断りして、撮影させていただきました。

かすみがうら市 「助六の首塚」を史跡として市の文化財に指定しており、門の前に説明文が掲示されていました。


『助六の首塚
ここ、大字下佐和の福田家墓地にあり花崗岩による基部周径百五十センチ、高さ四十センチのすり鉢を伏せた形のものである。
これは、安永七年(一七七八)十二月、間接には荷重な負担、直接には助郷重荷に対する百姓一揆の代表となり、禁制を犯して江戸屋敷へ強訴に及んだため、打ち首獄門となった義人福田助六の首である。
助郷・・・・宿場の人馬不足を援ける郷村
平成六年四月一日 かすみがうら市教育委員会』



2011年12月21日水曜日

2011年後半

9月17日 古くからの植栽も面白いとの話
 風呂場の近くのモチノキ
 ナンテン 難を転じる
 火事除け
 ケヤキ 屋敷林など

9月18日 Tさん訪問(ツルグミ農園出土の土器、般若寺、愛宕神社、古文書、古銭、オシンメ様、お稲荷さま、疣の神さまなど) なお、10月8日 再訪

10月15日 部会 屋号の話など
10月15日 Kさん訪問(建物、長屋門、葺き替え、萱場、氏神など)
10月20日 Fさん訪問(家業、屋号、三嶋検校など)
11月19日 部会 学生からの質問
12月21日 Cさん訪問(家業、般若寺の石碑など)

12/21 改装なった鹿島神社
By yamasanae


2011年8月28日日曜日

3月~8月

3月 大震災後、地元お見舞い
4月 上高津ふるさと歴史の広場の企画展講座に参加
5月 見どころ候補の検討
6月 だんどり検討
7月16日 祇園まつりの見学、Kさん聞き取り(水の話、和裁、機織り、タケノコ掘りなど)
8月27日 具体化について 

2011.8.28不動万灯
By yamasanae



2011年2月19日土曜日

3~5回打ち合わせ

2010/11/20 第3回打ち合わせ
  • 14:00~里山情報館
  • 打ち合わせ後、栗崎遺跡を見どころ探検
2011.1.15 第4回打ち合わせ

2011.2.19 第5回打ち合わせ
  • 明治初め頃の土地利用図、字名
  • 現地確認 白山神社跡?、Kさんの氏神さま?
白山神社跡?



2010年10月19日火曜日

2010/10/19 第2回打ち合わせ

第2回打ち合わせ 

  • 10/9 Tさんご夫婦から聞き取り タバコの栽培、五斗蒔谷津でのコメ作りの様子など
  • みどこを紹介するマップの作成をイメージ
見どころ探検
  • ジュウザエモンイナリ

  • ドウヂヤマのツルグミとどうじ稲荷
   
  • セイシヤマの宝篋印塔
  • デキモノヤマの阿弥陀さま(お阿弥陀様の柿の昔話)
by yamasanae




2010年9月18日土曜日

2010/9/18 歴史部会再開

14:00~16:00 情報館にて打ち合わせ


  • 聞き取りのテーマやどのようにまとめていくかなど打ち合わせ



2007年10月27日土曜日

2007.10.27 地域訪問

 
データタイトル:img20071027180339.jpg -(15 KB)

 地域訪問でお話を聞きました(2007年10月27日) 名前: KI@HREF [2007/10/27,18:03:39] No.16

  • Gさんのお宅にお邪魔しました。
  • 早くから農業機械を導入された方です。
  • 当時の写真を拝見しながら、バインダ、トラクタ、田植え機などの導入の様子について聞かせていただきました。
  • その他に、田植えや草取り、畑作の作業の様子、戦争のころのお話、カメラや写真のお話、草競馬のお話、以前の大池の様子などについて聞かせていただきました。


2007年6月3日日曜日

2007/6/3 地域訪問


地域訪問でお話を聞きました(2007年2月11日) 名前: KI@HREF [2007/06/03,19:38:32] No.13
2軒のお宅にお邪魔しました。

  • 宍塚のBさんご夫妻のお話をうかがいました(1時間半ほど)。
  •  養蚕のお話、学校のこと。
  •  戦争のころのこと、軍隊での生活のお話(外地での暮らし)、
  •  戦時中の宍塚での暮らしの苦労、東京の様子、疎開の方たちの様子。
  •  田や畑、牛、馬のお話。耕地整理、トラクタなどについて。
 
  • 次に、近くのCさんのお宅にもお邪魔しました(1時間ほど)。
  •  水戸の偕楽園近くでのお田植えのお話(常盤神社と関係)。
  •  ケヤキ染めのお話。
  •  戦争中のお話、東京でのお話、空襲のお話。終戦後のお話。
  •  以前の生活のお話(梅酢、竹の皮、おにぎり、お正月のお餅など)。


2007年5月4日金曜日

2007.5.4 地域訪問

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地域訪問でお話を聞きました(2007年5月4日) 名前: KI@HREF [2007/06/03,20:58:37] No.15
2軒のお宅にお邪魔しました。
  • Eさんのお宅では、家に残されていた貴重な資料やいろいろな収集物、絵画などを見せていただきました。
  • 宍塚のリーダーだった方のいろいろな活動やご活躍の様子を聞かせていただきました。
  • Fさんのお宅にもお邪魔し、昔のお祭りの様子などを、聞かせていただきました。


2007年3月10日土曜日

2007.3.10 地域訪問


地域訪問でお話を聞きました(2007年3月10日) 
名前: KI@HREF [2007/06/03,20:15:03] No.14

  • Dさんのお宅にお邪魔しました。
  • これまで、あまり訪問したことのない坪にお住まいの方です。
  •  湧水、井戸について。横井戸、水槽、いけす、竹筒を利用。山での土取りの影響。
  •  竹山について。その利用について。山の手入れについて。
  •  以前の貝塚館のあたりの様子。
  •  他の坪や町の方との付き合いについて。
  •  お墓のお話、農業のお話。
  •  坪の暮らしについて。
  •  以前の遊びについて。石けり、縄跳び、木登り、
  •  魚とり、シジミ取り、ザリガニ、ドジョウ、ナマズなど。
  •  以前のお家について、養蚕の様子、桑畑について。


2005年10月5日水曜日

続 聞き書き 里山の暮らし



 データタイトル:img20051005205240.jpg -(30 KB)

「続 聞き書き 里山の暮らし 土浦市宍塚」発刊! 名前: rekisibukai [2005/10/05,20:52:40] No.9
 歴史部会でとりくんできた 宍塚での聞き書きの本続編が、ついに完成しました。

~まえがきより~
 農業と暮らしに欠かせなかった里山の存在価値が、いったん失われたかに見えましたが、今、また新たにその値打ちが見出されはじめています。大切にしていくべき里山の宝は何なのか。これからどのような里山にしていくのか。地元、市民、行政などおおぜいの人たちで考えていかなければなりません。その際、昔の里山、暮らしや農業についての共通認識は欠かせません。そのための一助としてこの冊子を多くの方が読んでくださることを願っています。
 この冊子の中のお一人ずつのお話は宍塚の数十年間、そこに暮らす○○さんという、時空両面のいわば定点の記録です。そこからは多くのことが見えてきます。数十年前までの農業労働の厳しさ。小作制度、家族制度。戦中戦後の時期の苦労。今の暮らしにいたる努力、がんばり。たくさんの技と知恵。里山の幸。豊かな文化。人々のつながり。一人一人の誇り。この定点の記録を、里山の問題だけでなく、これからの暮らしや農業、自然と人間、人の生き方、社会のありかたを考えるのに役立てていただけたらと思います。



2005/10/05「続 聞き書き 里山の暮らし 土浦市宍塚」に感想


 「続 聞き書き 里山の暮らし 土浦市宍塚」に感想を寄せて頂きました
 名前: rekisibukai [2005/10/05,21:19:17] No.10
 「続 聞き書き 里山の暮らし」 学生さんたちのレポートから
 きぬ看護専門学校1年の学生さんたちが、この本を読んでレポートを書いてくれました。学生さんたちの了解が得られましたので、読ませていただき、一部、ここに掲載することにしました。若ものたちがどんな点に注目したのか、何を感じたのか、とても参考になります。農村出身者の場合、祖父母の暮らしかたなどに改めて注目し、身近な自然についてもふりかえるきっかけになった人が多かったようです。最も多くの人が引用されていたのが、食についての、「とってきたものすべてが食卓にあがり、無駄にするものが何もなかった」という文です。また、衣服についても自分の家で作ったこと、とことん再利用をしていたことについて、今との違いに驚きをもって述べている人がめだちました。以下、レポートの一部を抜粋してみます。(阿部)


■Oさん■
「---最近は昔の文化にふれる機会がなくなってしまい、生活も便利になったので、毎日の生活に工夫をこらしたり、自然の中で働いたりすることも、必要だと思いました。--私の祖父は若い頃まで山師をしていたと聞いたことがありました。山師についてくわしく書かれた文章で、こんなたいへんな仕事をしていたんだなと思いました。--私の家にも広い畑があって、時々仕事を手伝うことがあります。--作物の植え方や育て方などは、祖父や祖母から学んだとおりに父から教えてもらっているので、今でも私は昔ながらの方法で作業しているんだと思うと、とてもうれしくなりました。---私の家の周りも、最近までは木々が生い茂った林が広がっていました。たぬきやいたちをよく見たし、きれいなキジも庭に飛んできました。けれど、工業団地を作るために広い林を切り倒して、建物を次々と建ててしまいました。---たった数年の間にいっきに変わってしまい、鳥や動物の住む場所がなくなってしまいました。--このようなことは、家の近所だけでなく、全国各地でおこなわれていることを思うと、自然にとって厳しい状況にあって、人間の利便だけを考えて生きている様では、いけないと思いました。---どう、自然と共存していくかを考えたいと思います。」
■Iさん■
[---すごく驚き、一つの衣類を作るのに大変だったのだと思いました---寝具も自分達で作ると書いてあり、すごいと思いました。今の私は雑巾一枚縫えるか縫えないかぐらいなので、昔の人は本当に手先が器用だったんだなと思いました。」
■Sさん■
「---読んでいて一番感じたのは、家族や親せき、そして近所の人々との交流する機会が多いということです。毎日の食事は必ず家族で家族全員が集まり、近所の人どうしでは声をかけあい、人情味あふれる生活をしています。--衣服については、現代とは本当に違うと感じました。衣服は女性が作るものと考えられていたなんて、信じられません。--今の衣服は、人に見せたり、自分の個性を出したりしてファッションとして使われていますが、昔の衣服は農作業などの仕事を効率よくできて、作業がしやすく、動きやすいとい所に重点がおかれていると思いました。--驚いたのが、お風呂とお便所が、家の外に作られていたということです。----そして、興味を持ったのは、井戸です。私は生まれてから今までに井戸を見たことがありません。--蛇口をひねればすぐに水が使えるのと、いちいち井戸から水を汲み上げるのでは、井戸の方が、多くの労働と苦労があったというのは分かります。そのかわりに、今では飲みたくてもなかなか飲めない、おいしくて、きれいな水が飲むことができて痛んだと思います。---」
■Hさん■
「---機械化や電子化がすすみ、私たち人間にとっては、とても便利で不自由のない生活を過ごすことが無条件でできるようになっていると私は考えます。しかし、それに伴って不便で自由のない生活を強いられている生き物がいるということを私たちはわすれがちです。それは自然に生きるもの達です。草であり、花であり、木であり、そこで過ごす微生物であり、昆虫や魚、動物などであります。--今の私たちの生活の中に、自然とのつながりはどれくらいあるのだろう--。そう考えながら、この章(「魚とりにいくべといえばーーー」)を読んでいくと、豊かになった現代の生活が、とても貧しく思えました。-- 特に自然の中で生きていた昔の人達は、皆で力を合わせなければできないことが多かったので仲間との繋がりも強いものだったと考えます。このようなことを考えると、自然というものは、人と人を繋ぐためにもとても大切だと思います。---私は里山の暮らしを読んで、たくさんのことを考えさせられました。また、幼い時の思い出と重ね合わせたりしました。すると、やはり、自然はとても大切で、生きていく上で必要な物だと感じました。自然が少なくなった今、自分に何ができるのか、小さなことから少しずつ考え、行動していきたいと思いました。」
■Sくん■
「---今は魚も木も虫でさえも店で売っていて買える時代で、とても便利にはなったけれど、こどもたちが虫をつかまえることも知らなかったりすることがとても残念に思える。--捕まえる知恵も、それぞれがどこにいて、どんな時期にあらわれ、どんな特徴があるかもわからない。それはとても不幸なことだと自分は思う。---この時代と今と、大きな違いは自分たちのことは自分でする。ということだと思う。--今は地域の人との協力ということもほとんどなくなり、住宅地では、となり近所に誰が住んでいるのかわからないという人も少なくないと思う。---この本を読んで感じたことは、現代人は自然の恵みや大切さを忘れ、文明が発達したことばかり頼っていると思う。文化、文明が発達したことはとても良いことなのだけれど、それによって、自然環境の汚染や破壊が進んでいることを忘れてはいけないのである。人々は自然と共に生きていくことがのぞましいのだと自分は思う。」


2005年9月18日日曜日

2005.9.18 地域訪問

 データタイトル:これは昨年の聞書きの様子 -(48 KB)

聞き書き活動は続きます!ご参加おまちしています 名前: rekisibukai [2005/10/05,22:29:30] No.12
  • 9月18日、宍塚のAさんを伺いました。マムシを料理して子ども達にたべさせた。。という話をきいてきました。。
  • 聞書き里山の暮らし の続編が出版されたところですが、聞書き活動は今後も地道に続けていきます。第二土曜日を定例活動日として、話あいや地元の方の訪問などをしていますので是非ご参加ください。
 尚、10月は、都合により15日の予定です。
 初めての方も是非どうぞ。集合の場所・日時など、掲示板にお問合せくだされば、ご連絡いたします。


2003年3月11日火曜日

2003.03.11 土浦市立博物館 榎陽介さんのお話し

 2003.03.11 土浦市立博物館で学芸員をなさっていた民族学専門の榎陽介さんにお話しを伺いました。聞き取りによる民俗調査の豊富な経験をお持ちの榎さんのお話しはたいへん具体的で参考になりました。

  • 「里山の暮らしは」民俗誌といえるものだが、民俗誌というものは、データとしての意味と、読む人が読みやすく、得るところがあるという意味がある。
  • データとして考えた場合、どれだけ、1つのことがらを細部まで聞いて分厚く伝えるかが大切である。
  • 今回の「里山の暮らし」の場合、生物関係はイラストなども豊富でわかりやすい。”なあば”のはきかたや、今は行われていない”盆綱”を図で示したのはよかった。
  • 民俗語彙などについてはもっときちんと聞いておいたほうがよいところがある。
  • データとしては、あまり意味がなくても、具体的な細部があってこそ、読み手に伝わるということもある。聞く側は、そのことを伺うつもりでなくても、話し手が語りたいことを語ってくださる場合があるが、1人の生き方から1つの地域のある時代(土浦の昭和時代)がわかってくるということがいえるので、それは、しっかり聞く意味がある。また、話の横道にそれたことから、大事なテーマがでてくることもある。
  • 自分からどんどん語ってくださらない方から伺うときは聞き手が確かめたい内容がきちんとあることが必要となる。(例えば年中行事などは1つ1つ確かめる)
  • 農業のことを調べる方法は、まず、稲作について、作業の順をおって、きちんと聞いていく。
  • 畑作は、場所、時期により作物にも変化があり、とらえにくい面があるが、どんなものを食べたか思い出してもらい、そこから作り方などを聞いていくこともできる。
  • 農具は実際のものを博物館で見たり、農具屋で見たりするとよいのではないか。